電子書籍推進派と慎重派

 私自身は「電子書籍推進派」であるが、出版業界にも関わるグラフィックデザイナーとして「電子書籍の未来」を考えてみようと思った。アメリカなどでは既に印刷書籍よりも電子書籍のほうが売上げが上回っているけど、日本ではまだまだ電子書籍って一部の人だけのもので電子書籍で「食って行ける人」ってほとんどいないのだろうなと思う。「食って行ける人」というのは作家はもちろん出版社・編集プロダクション・DTPやデザイン会社・ソフト開発会社・電子書籍端末メーカー・携帯電話会社・インターネット電子書籍ストアなどの人々で、たぶん電子書籍推進派と言えるでしょう。当然これらは自分たちの仕事なので、電子書籍が流行ってもらわないと困ることになる。私自身も推進派だが、一般消費者(読者)の事を考えずに自分たちの利潤ばかり追求しているように見えてしまうのが残念だと感じる。電子書籍の価格だとか発売時期(印刷書籍より後に発売する事が多い)など読者へのメリットをもっと上げてほしい。まず一般消費者のデメリットを如何に解消することができるか考えてみる!


電子書籍を利用しない消費者

 某サイトの電子書籍に関するアンケートでは「電子書籍に興味がある・・・約40%」「電子書籍に興味がない・・・約60%」という結果になった。
 「興味がある」と回答した人の意見は「紙を使わないからエコ」「近くに本屋がないから便利」「スペースを取らないから」など従来から言われている「電子書籍のメリット」を上げる人がほとんど。
 対して「興味がない」と回答した人の意見は「紙の本のじゃないと気分がでない」「書店で本を探すのが好き」「電子書籍リーダーを購入したくない」「よくわからない」など。
 全くその通りで、興味が無い人の意見は正しい。電子書籍を推進する側(提供する側)はもっと誰もが納得するような電子書籍環境を構築しなければならないはずだ!

・紙の本のじゃないと気分がでない・
 まだ書籍は紙じゃないとダメなんだ、電子書籍のほうがちょっとぐらい安くても読書という「履歴書の趣味欄」に書かれるぐらい一般的な娯楽は、「手で触って紙のページをめくるという行為」が付き物なんだと思う。
 なぜ欧米では電子書籍が印刷書籍を抜いてしまったのか?これはもう文化の違いとしか言いようがない。欧米では古くからタイプライターを使って文章を作成するという文化があり、「紙に文字を書く文化」が早々と消え去っている。さらにタイプライターからパソコン(ワープロなどを含む)に移行し、インターネットの普及が日本よりも早い分、電子書籍への対応も早かったと推測される。
 それに対し日本では書道などに代表されるように「紙に文字を書く文化」が長く継承され、欧米と比較して紙への思い入れが非常に大きい。上質な和紙の制作技術もその文化の一つだろう。この「紙に文字を書く文化」というのは「紙に書かれたもの=作品」という認識に近いのだと思う。さらに日本語は漢字・ひらがな・カタカナなど世界で最も複雑と言われるぐらいの言語なので、先進国としてはパソコン(ワープロなどを含む)の発展がちょっと遅れた(OSやアプリケーションソフトの日本語版の開発など)。しかしパソコンや携帯端末の急速な普及により21世紀ぐらいから「紙に文字を書く文化」が薄まっているように感じる。「紙に文字を書く文化」が衰退しているとしたら、あと5〜10年ぐらいで日本も間違いなく欧米と同じ道を歩むことになるのは明らかだ。

・書店で本を探すのが好き・
 これは自分でもそうしている時がある。以前デジタルカメラ関連の書籍や雑誌を探しているとき予算の都合で3冊ぐらいしか購入できない時があったが、書店で真剣に悩んで購入したものだ。ほとんどの電子書籍ストアではサイト内検索できるようになっているが、「書店で本を探す」のとは違う。サイト内検索のほとんどは出版社・タイトル・作家・ジャンルなどだが、書店ではインスピレーションで本を探すことができる。手に取ってぱらぱらページをめくり面白そうなら買うが、つまらないと感じたら元の場所に置く。この行動は結構重要かもしれない。
 しかしこれらも大型書店が近所にあればという条件がついてしまう。小さな町の本屋さんでは在庫に不安があるのは必然。Amazonなどに代表されるようにネットで探して本を購入することが多くなってきているのが現状なので、ゼロになることはないが「書店で本を探す」というのは減少傾向と言える。ネット通販恐るべし!

・電子書籍リーダーを購入したくない・
 たぶんiPadなどのタブレットタイプの事だと思うが、購入金額が大体5万円前後ぐらいと高額だ。安いノートPCぐらいの金額だがCPUやHDD容量など性能的には安いノートPCのほうが上。Android OS搭載のタブレットタイプも最近増えて2万円を切るのもある。とは言っても月に0〜2冊程度しか本を購入しないという人が読書のためだけにタブレット端末を必要とするはずがない。トップページにも書いてあるが、タブレットPCはデスクトップPCやノートPCに取って代わろうとしている。固定電話が一家に一台だったが今では携帯電話が一人一台の時代であることを考えると、「一家に一台のパソコンから一人一台のタブレット端末」という日が来るのはそう遠くはない。

・よくわからない・
 実は電子書籍について私もよくわからないことがある。国内の電子書籍ストア数は有名どころでhonto・Booklive!・ReaderStore・GARAPAGOS・紀伊国屋・ebook japan・Kindle・Koboなどがあるが、大小合わせると50〜100ストアぐらいと言われている。Kindleに代表されるような個人出版を扱うストアも豊富だ。たまに質問されるのが「どこの電子書籍ストアが良いですか?」という内容なのだが、返答としては「有名どころのストアを最低でも3〜5つぐらい会員登録すると良いです」となってしまう。ほとんどの「有名どころの電子書籍ストア」はの「専用のビューワアプリ」をインストールしてから、住所氏名などの個人情報に加えメールアドレス・ID・パスワード・クレジットカードなど入力する必要がある。初期設定は結構面倒だが、そのあとの実際に購入・保存・読書など使い方はほぼ似ているので、何とか使いこなしてほしいと思う。
 しかし正直なところ「専用のビューワアプリ」はもう少し統一感が欲しい!不可能なのはわかっているが、できれば1つのビューワアプリで全ての電子書籍ストアに対応できると良いのだが・・・。あと「専用のビューワアプリ」をインストールするともれなく各ストアからメールマガジンが送られてくる。重宝する方もいると思うけど、迷惑と思ったら配信解除できるので解除してください。
 電子書籍ストアによって蔵書の傾向がある。「●●出版は●●ストアで売っている」ということだが、これに関しては常に変化していて、出版社とストア間でさまざまな事柄が話し合われているようだ。まぁお互いの利害関係が一致すれば販売されるし、一致しなければ販売されないということなので、欲しい本があるなら検索して探してください。


現状では普及しづらいと考える業界の人々

 主にAdobe製品を使っているデザイナーやオペレーターの一部の人はチョット困っている。InDesign CS5.5からePUB形式で縦書きを可能にした(ePUB3.0)。なぜ「チョット困っている」かと言うとまずePub形式と言いながらその中身はXHTML、つまりホームページなのだ。しかも各メディアでは「電子書籍の統一フォーマット」みたいな扱いをされているから厄介だ。

・なぜePub形式は厄介なのか?・
 ホームページのレイアウトには限界があるということをご存知でしょうか?印刷された雑誌などと比較すると分かりやすいが、ホームページでは自由自在のレイアウトという訳には行かない。細かいレイアウトを必要とする場合は画像データとして制作して貼付けるのが一般的。
 ホームページを閲覧するソフト(ブラウザ)も数種類あり、旧型のブラウザや様々なバージョンにより100種類以上にふくれあがっている。1990年代の古いパソコンでは最新のブラウザを使う事がほとんどできない。制作サイドは対応できない事は無いが、その分料金も高くなるため常に最新バージョンで制作するのが常だ。最新のパソコンを使っている人もいれば旧型のパソコンを使っている人も多数存在するのだ。
 ePub形式とは上記のようなホームページと同じで、見る人の環境によって変化してしまう。文字の書体や大きさが変わるだけでなく、色味も違う。今後最新の電子書籍リーダーが続々と発売されePub形式と同様に進化して行く(バージョンアップなど)。1年とは言わないが3年ぐらいで旧型の電子書籍リーダーは使用不可能になってしまうかもしれない。このようなリスクを一般消費者に求めるのには無理がないだろうか?
 よって現状では「雑誌のような複雑なレイアウトはPDF」「小説のような単純なレイアウトはePUB」というのが一般的だ。しかし各電子書籍ストアにもよるが、現状ではPDFは減少傾向にあり、「雑誌のような複雑なレイアウト」も画像化されてePUBとして流通することが多くなった。これはPDF独自の機能が扱いにくいためだと思う。今後の電子書籍は間違いなくePUBが主流となる(Kindleは除く)。

・無理難題を言う取引先・
 デザイナーやオペレーターに無理難題をふっかけてくる取引先が存在する。完成したePub形式ファイルをパソコン・スマートフォン・タブレットなどで検証して「デザインや文字組が変だから直せ!」とクレームを付けられてしまう・・・。例えば最後のページが「だ。」だけで後は空白なんて事になるがよくある。これは文字の大きさも変えることができるePUBならではの特徴だから、どうにもならない問題である。本来ならePub形式を開発しているところにクレームを付けるべきで我々制作サイドに言われても「これ以上どうにもできません」としか返答できない。技術的に現状では不可能なのだからePub形式で出版する時は制作に関わる全ての人が「妥協」という言葉を常に頭にいれておく必要がある。

・ePub形式はまだ未完成のファイル形式?・
 ePub形式の一番の売りは電子書籍端末を選ばない事が上げられる。小画面のスマートフォンでも大画面のパソコンでもそれに合わせた文字の大きさになるので読みやすく便利だ(リフロー型)。しかしそのおかげでデザインレイアウトや文字組が狂ってしまう事になる。1つのePub形式ファイルで全ての電子書籍リーダーに対応しなくてはならないが制作時にはどれか基準となるサイズで制作する事になる。例えばパソコンを基準とした場合に1ページをA4(210×297ミリ)で作成したとする。パソコンで見れば写真と文字が1ページ内に上手く収まっているが、これをスマートフォンで見ると文字が入りきらず次のページに押し出されてしまうのだ。もちろん細かいレイアウトは苦手と言うか不可能な場合が多い。いや現実的にレイアウトをするなら3種類以上(画面サイズがスマートフォン用5インチ以下・タブレット用7〜10インチ・パソコン用10インチ以上)必要となってしまうだろう。

 昔の小説などはこの文字組を結構気にしていた。1行に入る文字を計算し、濁点や改行の位置を「心地よい位置」にするのもプロ作家や編集者の仕事だった。しかしメール・ブログ・ツイッター・ホームページになれてしまった現代人には、無用なのかもしれない。いや無用になっていかなければならないのかもしれない